No.24 ロビン・デイのラウンジチェアー(658)1951

今月は英国に目をむけ、少し馴染みがないかもしれませんが、家具をはじめ多くのデザインでイギリス デザイン界のスターであり、イギリスのイームズともいわれているロビン・デイについて書いてみます。
ロビン・デイは英国に生まれ、ロイヤルカレッジ・オブ・アート(RCA)を卒業。1948年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が主催したローコスト家具国際コンペの収納家具部門で1等賞を得てデザイン界にデビューする。その後、ヒリー(Hille)社と組み次々と家具デザインを発表するが、家具の他に多くのインテリア、工業製品など活動の幅は極めて広い。
MoMAのコンペで受賞してデビュー、活動範囲の広さ、プラスティックによる椅子、ルシアン夫人(テキスタイルデザイナー)とのおしどりコンビなど、イームズとの類似点も多い。そのために、イギリスのイームズともいわれている。英国のコンテンポラリーデザインのパイオニアである。
デイのデザインした椅子で今日でも使われている代表的なものは、63年から順次製造・販売されたポリプロピレンの射出成型によるものがある。今日までに世界中で1400万脚も販売されたという。 驚異的な数字である。 が、デザイン史の上で注目するべき椅子は、1951年にローヤル・フェスティバルホール(*1)のためにデザインされたラウンジチェアー。この椅子は、背から肘へと三次元に構成された成形合板と座を細いスティールのロッド(銅メッキ仕上げ)で結合され、バランスがよく完成度の高いデザイン史上最初のものである。後にヒリー社から製品ナンバー658として発売された。同時に、ラウンジチェアーと同じ構成の小型のダイニングチェアー(661)とオーディトリュームの椅子もデザインしている。
デザイン:ロビン・デイ(Robin Day 1915〜 )
製  造:ヒリー社(Hille International)
*1:戦後ロンドンにできたオーディトリュームを含むモダンなコンプレックスビル。デザインはLeslie MartinとLondon County Council (LCC)。インテリアはPeter Moroが担当。
参考文献:Lesley Jackson,“ROBIN & LUCIENNE DAY”MITCHELL BEAZLEY


▲ダイニングチェア


Hilleのロゴ▲


▲ロイヤル・フェスティバルホールのラウンジチェアのあるホワイエ


▲ポリプロピレン製の椅子(1963)


▲MoMAのコンペで受賞した収納棚

一国の首相がデザインの国際的な賞を受ける。あまり考えられないことである。
英国はモダンデザイン誕生の国であり、近代デザインの発展に政府が主導してきた経過からみても当然かもしれない。
第二次大戦以後 保守的な大国という印象のわりには、経済の活性化のために時としてデザインが重用されたりする。サッチャー首相が70年代の経済不況時にデザインの重要性を説き、その功績で日本の国際デザイン交流協会から「国際デザイン名誉賞」(*1)を受けたのも記憶に遠くない。
50年代末にデザインを学んだ者にとって、英国について記憶に残るのは、日本で通称コイド(CoID)(*2)と呼ばれるデザイン振興の組織と、そこが発行する雑誌「デザイン」であろう。これは、派手さこそなかったが良質の英国らしい雑誌で、学生時代からそれ以後に至るまで私の良き参考書であった。さらに、毎年発表されるエジンバラ公賞は、イタリアの黄金コンパス賞と並んで当時国際的に有名なデザインの顕彰制度で、毎年どんなモノが選ばれるか興味をもって見ていた。
CoIDについて、ここで詳しく書くこともないであろう。が、60年ごろ日本だけではなく世界のデザイン振興機関が、デザイン振興の方法について多くを学び手本にしていた。大阪デザインセンターの前身である大阪デザインハウス(*3)も、少なからず手本として発足した。
雑誌「デザイン」で記憶に残るものの一つに、家具やインテリアのデザイナーであるロビン・デイと彼の家具デザインを作りつづけたヒリー社の広告。それは、すこぶる品がよく、色の上に白抜きの「hille」のロゴが印象に残る。
大学を卒業して間もないころ、「デザイン」誌を無造作にめくり、目を留めたのがロビン・デイのローヤル・フェスティバルホールのためにデザインされたラウンジチェアー。背から肘にかけて三次元に成形された合板の製造技術とバランスのよい造形。 翼のような肘の張りがなんともいえない風格をかもしだしていた。「なるほど、成形合板がこういうふうにもなるのか」と、思ったのが最初の出会い。 成形合板の制作方法がわかりかけたときのことである。
だが、この椅子は10年も前にデザインされていて、学生時代に何度も「デザイン」誌上で見ているはずであったが、 その良さや造形の意味するところが全く見えていなかったのだ。 ただ網膜に映っていただけで。
海外旅行などにも同じようなことがいえる。多くの人が目にするものは同じなのだが、「見える」という内容は人によりまったく異なる。人は、自らの知識量や能力の分だけしか見えないのだ。
今、50年の時を経てあらためてデイのラウンジチェアーを見ると、デザイン史のなかであまり取り上げられないのが不思議であるが、 やはりこの椅子は歴史にとどめるべきものであろう。
三次元に成形された合板の製造技術は当時としては画期的なもの。それを生かした造形の良さが、いま少しばかり見えてきたような気がしている。
*1:国際デザイン交流協会(Japan Design Foundation)が1983   年の第1回国際デザイン・アオードの顕彰で名誉賞を受賞。
*2:産業デザイン振興機関(Council of Industrial Design)のこ   とで、1945年イギリス政府が輸出振興を目的に設立された。
*3:大阪の産業振興にはデザインが重要との観点から、大阪商工会議所会頭杉道助ら経済界の尽力で1960年10月に誕生したデザイン振興機関。場所は堂島大橋にあった当時の大阪国際貿易センターの4階に設置された。ローヤル・フェスティバルホールのためにデザインされたラウンジチェアー。背から肘にかけて三次元に成形された合板の製造技術とバランスのよい造形。 翼のような肘の張りがなんともいえない風格をかもしだしていた。「なるほど、成形合板がこういうふうにもなるのか」と、思ったのが最初の出会い。 成形合板の制作方法がわかりかけたときのことである。
だが、この椅子は10年も前にデザインされていて、学生時代に何度も「デザイン」誌上で見ているはずであったが、 その良さや造形の意味するところが全く見えていなかったのだ。 ただ網膜に映っていただけで。
海外旅行などにも同じようなことがいえる。多くの人が目にするものは同じなのだが、「見える」という内容は人によりまったく異なる。人は、自らの知識量や能力の分だけしか見えないのだ。
今、50年の時を経てあらためてデイのラウンジチェアーを見ると、デザイン史のなかであまり取り上げられないのが不思議であるが、 やはりこの椅子は歴史にとどめるべきものであろう。
三次元に成形された合板の製造技術は当時としては画期的なもの。それを生かした造形の良さが、いま少しばかり見えてきたような気がしている。