Np.27 オリヴィエ・ムルグのジン(Djinn)1965とブールーム(Bouloum)—人型の椅子 1969

愛知万博が始まり、マンモスなどに注目が集まっている。昨秋、大阪市立美術館で「万国博覧会の美術」という展覧会があった。 入場者の数も凄かったが、その展示内容にも圧倒された。今月は、万国博に関係する椅子について書いてみようと思います。
オリヴィエ・ムルグは1939年フランスのパリで生まれ、パリの国立装飾美術学校を卒業後、フィンランドで建築を学ぶ。1963年ごろからエアボーン社と提携し椅子のデザインを手がける。1967年のモントリオールの万博、1970年の大阪万博でフランス館のインテリアを担当。1970年以後はキャンバスという素材に注目しテントやキャンピング・ホームのデザイン(*1)も多い。
イスラムの神話から「Djinn(ジン)」と名付けられた椅子は、1968年のスタンリー・キュブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」に使用され一躍有名となった。パイプのフレームにウレタンフォームで造形し、縫製された伸縮性のある布地をかぶせファスナーでとめるという方法によって椅子のユニークな造形を可能にした。布地が汚れると容易に交換可能という方法も画期的で、ピエール・ポーランとともに60年代後半の椅子のデザインに新たな風を吹き込んだ。小椅子から安楽椅子、寝椅子とシリーズでデザインされ、 70年代初めわが国でも商業施設などに数多く使用された。
「Bouloum(ブールーム)」は、人間の形を抜き取った形態の椅子で、屋外でも使用可能なパネル状のものもあり、大阪万博のフランス館で使われ話題を呼んだ。ニューヨークの近代美術館のコレクションにもなっている。
デザイン:オリヴィエ・ムルグ(Olivie Mourgue 1939〜)
製  造:エアボーン社(Airborne)
ブールームはカナだのアルコナス社(Arconas)

*1:ムルグのキャンバスを利用したデザインとその可能性に
ついては、「JAPAN INTERIOR DESIGN」1971年1月号、
1973年11月号、1974年6月号を参照されたい。


▲ジン(Djinn)


▲ブールーム(Bouloum)


▲オリヴィエ・ムルグのキャンピングホーム


▲大阪万博のフランス館の内装

万博の残したもの
愛知万博が開幕した。入場者が思ったほど伸びないとの報道もあるが、 大阪万博から35年、当時とは時代背景の違いでもあろう。
1970年の大阪万博は6300万人もの人を集め、わが国のデザイン文化に国際化の波を打ち寄せ9月15日に閉幕した。
その翌日から、勤めていた高島屋でちょっと変わったプロジェクトがスタートし、博覧会協会に出向していたという理由から、即座にそのチームのメンバーにされてしまった。プロジェクトは、外国のパビリオンで使われていた備品やいらなくなった展示物を買い取り、万博記念の催しとしてそれらを販売しようというもの。「万博」と名がつけばなんでも商売になった時期で大阪のガメツイ感じがしないでもないが、これこそが万国博覧会なのである。
1851年のロンドン博以来、 万国博覧会は参加する国の文化や科学技術のショウケースとして展開されてきた。美術工芸の世界において、「ジャポニズム」というヨーロッパで起こった現象も、開催された博覧会でのわが国の美術工芸品が契機となったことは明らかで、昨年、大阪市立美術館で開催された「万国博の美術」展(*1)は、見る者に圧倒的な迫力でそのことを示していた。
プロジェクトで担当したのは家具を中心とした生活用品の買い付け交渉であったが、これがなかなか難しい。 こちらが欲しいと思うものは自国へ持ち帰るというし、いらないものは買えという。 値段などの詰めは外国部の担当者が交渉するのだが、価格とその価値の査定には立ち合わねばならない。 売れ残っても困るし、時間も限られていて、「ちょっと考えます」などという余裕はない。 即決を要した。 商売とはこういうものかと、得がたい経験とともに掘り出し物を探すという楽しみをあじわった。
椅子も何種類かを買った。 今は国が分裂してしまったがチェコスロバキア館のVIPルーム用の椅子もそのうちの一つ。これを高島屋から私自身が買戻し、それ以来我が家の居間に鎮座しているがVIP用として風格を感じさせるが、それほど座り心地がいいわけではない。象徴性を重視したものとしてミースのバルセロナチェアーに通ずるものがある。
買った椅子の中にムルグの「ブールーム(Bouloum)」という名の人間の形を抜いた椅子があった。これはフランス館で使われていたもので、同じデザインの屋外でも使えるパネル状のものもありまとめて買うことができた。実用からは遠いものだが、大阪万博のテーマ「人類の進歩と調和」から人間をアイロニカルにとらえた傑作である。 相当前の話になるが、 道路わきに店舗のサインとして使われているのを目に留め、あの時買ったものがこんなところで生きていたと感慨深く眺めたこともあった。
「ジン(Djinn)」と名付けられた椅子のシリーズのなかに背が丸く人間の頭を思わせる小椅子があり、上張りをファスナーで交換できることから、後に多彩な色柄の布でカバーされたバージョンは仮面をつけた人間の容体をみる思いであった。
これまでの万博はデザイン文化に大きな足跡を残してきたが、愛知万博はなにを残すのだろうか。楽しみでもある。
*1:「万国博覧会の美術」展は2004年10月5日から11月28日まで大阪市立美術館で開催され、その展示品は万国博を通して明治時代のわが国の美術工芸がヨーロッパに伝わったことが読み取れる。