No.43 コーレ・クリントのチャーチチェア 1936

モーエンセン、ヤルクと続くと、どうしても避けて通れない人がコーレ・クリントです。
今月は、この二人だけでなく、50から60年代デンマークの家具デザインの隆盛を築いた多くのデザイナーが影響を受けたデンマーク家具の父といわれるコーレ・クリントについて書きます。

コーレ・クリントは、デンマークで有名な建築家P.V.イエンセン・クリント(*1)の息子として生まれ、父の教えもあり建築家として、デザイナーとして活躍するが、何といっても1924年にコペンハーゲンの王立芸術アカデミーに家具科が創設されたとき教授に就任。1950年以後デンマークの家具デザインの隆盛を担った多くのデザイナーを育て、「デンマーク家具デザインの父」ともいわれている。
クリントの教育上の功績は、イデオロギーありきからの指導ではなく、伝統的なデンマークの家具に人体計測をはじめ今でいう人間工学的な分析・考察を加える一方、18世紀のイギリスの家具やシェーカーの家具などを研究し、リ・デザインすることを実践しながら次世代へ伝えたことである。50年代から60年代に活躍したデンマークのデザイナーは大なり小なりクリントの影響で育ったといってよい。
代表的な椅子のデザインでは、サファリチェア(1933)やデッキチェア(1933)などがある。
が、ここではシェーカーの家具と18世紀オランダの家具に影響を受け、機能とシンプルな造形をめざして現代的にアレンジし、その後のデンマーク家具のリ・デザインの手本となったチャーチチェアをとりあげた。この椅子は1936年にベツレヘム教会(Bethlehem Church)を設計したときにデザインされたものであるが、明らかにモーエンセンの「J39」やウエグナーへの影響が大きい。
また、父であるP.V.イエンセン・クリントが考案し、兄のT. クリント(Tage Klint)が企業化したのがプラスティックペーパーを折り曲げた美しいランプシェードをつくり続けるレ・クリント社。その初期の代表的な製品である「果物 Fruit Lamp」(1944)と名づけられた丸いランプシェードはクリントらしく計算しつくされたデザインで、モビリア誌で「デンマークの偉大なデザイン100選」にも選ばれている。(*2)

H840×W520×D500
デザイン:コーレ・クリント(Kaare Klint 1888〜1954)
製造:フリッツ・ハンセン社(Fritz Hansen)

*1:Peder Vilhelm Jensen Klint(1853〜1913)は建築家で、コペンハーゲンにあるパイプオルガンをモチーフにした煉瓦造のグルントヴィ教会(1913〜40)を設計したことで知られる。
*2:mobilia 1974 No.230 -233 One Hundred Great Danish Designs
現在日本で購入できるのは商品番号「101」となっていて、株式会社SCANDEXが輸入している。

デンマーク流リ・デザインの原点
 ずいぶん永い間、わが家の居間にぶら下がっていたクリントの丸い明かり。25年以上にもなるだろうか、先年とうとう取り替えることにした。年をとると視力の衰えはいかんともしがたく、照度不足でモノが見えにくくなり、格好などかまっていられなくなったからである。
 そういえば、昔。住宅をデザインした際、照明計画で初老の施主から言われたことを思い出した。「白熱球の器具がいいというのはわかるが、われわれには少し暗い」と。
 若いころは、既製品でもこれがベストだと考えると時間をかけて説明・説得していたが、年齢による身体的衰えまでは理解していなかった。恥ずかしいかぎりである。私自身が年を重ね、ようやく人の痛みがわかりかけたのである。クリントのランプをすすめた施主も多分取り替えたと思うが、未熟さを痛感している。
 レ・クリント社の照明器具も昨今は種類が増え、変化に富んだバージョンも多くなったが、やはり初期のシンプルなものが美しいし、クリントの「果物」というのが一番だ。初めて出会ったときから紙の織り成す陰影に魅せられ続けてきた。2年ほど前、デンマークから来たレ・クリント社の女性が一枚のプラスティックペーパーを短時間で折あげてシェードにするのを見せてもらったことがあるが、あまりに巧みで、今でもどうして折れるのか不思議でならない。
 デザインをはじめたころ、特に別注で納期が限られている場合には、椅子では木という素材しか使うことができなかったために、北欧の家具を手本にすることが多かった。なけなしの金をはたいて本も買った。そのなかの一冊に、「モダンスカンディナビア家具」(*1)というのがあり、硫酸紙のカバーが破れ黄色に変色しているが、今も手元にあり、よく見た本で懐かしい。
コーレ・クリントを初めて知ったのはこの本で、人体の計測から家具との関係図に驚き、さらに「Index」を見ると北欧のデザイナーの誰よりも数多く登場する。この本にチャーチチェアも出ていたのだが見過ごしていて、それ以後にこの椅子の存在を知ったのだが、目にした一瞬、ウエグナーのデザインではないのかと見誤った。1965年にウエグナーがデザインしたダイニングチェアはチャーチチェアにそっくりで、コピーだといってもよいかもしれない。このことは置くとしても、モーエンセンやウエグナーへのクリントの影響は計り知れない。
 また、クリントの椅子の代表作として、誰もが取り上げるサファリチェアやデッキチェアをさしおいてなぜチャーチチェアなのか、との疑問もあろう。それは、一つにバナキュラーな視点から発展したデンマーク家具のデザイン。それも椅子のリ・デザインの原点をこの椅子に見るからである。二つ目は、当時の私はサファリチェアやデッキチェアのように折たたんだり、組み立てたりする椅子をデザインする機会がなく、「学ぶ」ということの埒外にあったため、それほど関心を寄せなかったという極めて個人的な理由からである。
クリントは18世紀のイギリスの家具やシェーカーの家具を研究し、影響を受けたとされているが、最近古い家具の資料をめくっていて見つけた18世紀オランダの椅子。(*2)見れば見るほどチャーチチェアの肘掛タイプへの影響が顕著である。比較してみると、そこにはみごとなクリント流のリ・デザイン術を見ることができる。
 デンマークの椅子には過去のものをリ・デザインし、20世紀の名品となったものが多い。が、チャーチチェアはその方法を示し、デンマークの椅子を語るとき避けて通れない一脚である。
*1:Ulf Hard af Segerstad,MODERN SCANDINAVIAN FURNITURE,Gyldendal
*2:Luis Feduchi, A HISTORY OF WORLD FURNITURE, EDITORIAL BLUME P.486