No.47 ヨーゼフ・ホフマンか? ヨーゼフ・フランクのA811 1930前後

先月、ウォーレン・プラットナーを書くと、どうしても書かねばならない椅子があるのですが、資料が少なくデザイナーがはっきりしません。しかし、「100脚の椅子」にどうしても入れたい1930年ごろの名品です。

デザイン史の中でまったく取り上げられないが、曲木の美しいフレームに籐で編まれた座と背が調和した完成度の高い椅子。これがトーネット社が造った「A811」である。
デザイン史上で評価されないのは、この椅子のデザインがヨーゼフ・ホフマンか、ヨーゼフ・フランクかはっきりしないことであろう。
それにしても、1920年代末ごろのヨーロッパのデザイン事情を見ると、「使用」という機能の点からもみごとに完成されている上に、品格がある。
また、「A811」は肘なしのスタンダードに背から回り込んだ曲木の肘がつくバージョンの二種類がある。特筆すべきことは、肘をオプション的に加える方法は60年代の方法論で、この椅子が最初ではないか。また、多分初期のものと思われるが、座の下部に曲木の貫が入っているものもある。
作者についての数少ない資料のなかで、ぺニー・スパークは「ヨーゼフ・フランクが1930年代初頭に旅行会社のためにデザインしたもの。これをしばしばヨーゼフ・ホフマンの作品といわれるが、当時の雑誌にはフランク作と記されている」と言う。(*1)が、どうやらオリジナルはホフマンがトーネットで提示したのをフランクが現在のかたちにしたのではないか、と今の時点ではしておこう。(*2)
ヨゼフ・フランクは、オーストリアのウイーンで生まれ、工科大学で建築を学ぶ。第一次世界大戦後の1919年からウイーンの応用美術学校で教鞭を執りながら労働者用集合住宅(1923〜24)や1925年のパリ装飾美術展などに出品するが、1927年ミースがシュトゥットガルトでの住宅建設計画(ヴァイセンホーフ・ジードルング)へ参加を要請したことは、フランクが建築家として第一戦で活躍していたことの証である。1933年にスウエーデンにわたり、以後は家具やテキスタイルデザインを中心にマルムステン(Malmsten)らとスウエーデンの近代デザインを発展させた。
植物をモチーフとしたテキスタイルデザインは特に有名で、現在も市販されている。
尚、ヨーゼフ・ホフマンについては多くの資料があるので、紙幅の関係からも割愛する。
デザイン:ヨゼフ・フランク(Josef Frank 1885〜1967)
製造:トーネット(THONET)
*1:ぺニー・スパーク著「20世紀デザイン」デュウ出版尚、ぺニー・スパーク(Penny Sparke)はロンドン王立芸術大学教授で、専門はデザイン史。*2:トーネット 関係の資料にもヨーゼフ・ホフマンとヨーゼフ・フランクの両方の名前があり、今後の検証を待ちたい。

陰に隠れた名品
ウォーレン・プラットナーの空間には決まって登場するのだが、歴史の表舞台には登場しない。オリジナルは、1930年ごろトーネット社が造ったことは確かだが、デザイナーがはっきりしない。 それでも、私の100脚の中に是非とも入れたい椅子が「A811」である。 どうして評価されないのかわからない。あまりに普通だからか? そんなことはない。1930年ごろであればシンプルで超モダンである。 しかも作者が、近代デザイン史で名をなしたビッグな二人のデザイナー、ヨーゼフ・ホフマンとヨーゼフ・フランクのどちらかのデザインであることは確かである。が、資料によって異なりどちらかはっきりしないことが評価されない理由の一つかもしれない。さらにもう一つは、曲木の椅子としてあまりに自然な造形であり、トーネットの一連の椅子として扱われてきたことにもよるのだろう。
仮にこの椅子がホフマンのデザインだとするなら、ホフマンの他の椅子とあまりにちがいすぎる。少しうがった見方をすれば、「使用」という機能性や現代的過ぎる造形のために、ホフマンの他の椅子とは辻褄が合わずデザイン史上から消されているのかもしれない。
評価したのはウォーレン・プラットナーだけなのか。そうではない。60年代から70年代のアメリカでもノール社が輸入・販売していたので多用されたし、今日の日本でもアイデック(AIDEC)から布張りのバージョンは販売されている。
もう一度言いたい。どうして評価されないのかわからない。
やっぱり椅子の歴史に載ってこないのは、デザイナーがはっきりしないからだろう。もしこの椅子がスーパースターの1930年ごろの作品として明確なら、研究者や評論家、ジャーナリズムはほっておかない。デザインの評価というのはそれほどいいかげんな、他人の評価とブランド頼りの一面もある。
この椅子との最も印象的な出会いは1978年ごろのこと。できて間もないニューヨークのUNプラザホテル(*1)の地階のレストランにおいてである。一階のフロントは日本のビジネスホテル並みに小さく、ロビーもない。これぞプロのビジネスホテルというべきものであったが、地階にあったレストランは当時スーパーモダンなインテリア。ガラスやひかりものの多い超現代的な空間に50年も前にできた曲木のA811。一見異質とも思える空間と椅子。それがまったく違和感がないどころか、この空間に他のどの椅子を持ってこようか、と考えても見当たらないほど。空間を構成する素材の冷たさを木の椅子が持つ暖かさでカバーし、それでいて古臭くない。大人が利用する上品なレストランになっていた。
このレストランは誰がデザインしたのだろうか、と考えたのだが、どこにも出ていない。まったくの想像だが、建物自体はケビン・ローチの設計だからひょっとするとウォーレン・プラットナーのデザインではないのか、と思ってしまう。彼はすでに独立していたが元いた事務所だから…。使われた椅子でデザイナーを予想するなど無謀だが、それほど彼はこの椅子を好んで使ったデザイナーである。
それにしても、空間と椅子は不思議な関係である。まったく異質と思えるものが、今でよくいうシナジー効果を生み、凄いハーモニーを形成するのだから。
品格があり、75年も経つのに今見ても古くなく、普通に使える椅子。空間のデザインがよければよいほど生きる椅子である。
*1:1976年にケビン・ローチが設計したニューヨーク国連ビル前のカーテンウォールのオブジェとも思えるモダンなビル。その上層部がホテルになっている。1987年ごろは大改造されていた。参考までに、ウォーレン・プラットナーは先月書いたデザイナーです。