No.58 ビィコ・マジェストレッティのセレーネ 1969

カステリオーニーに続き、昨年亡くなったビィコ・マジェストレッティです。ファンの一人として残念なかぎりですが、60年代のプラスティックを中心としたものと、布地を中心にした70年代以後のものを二回に分けてとりあげます。

ビィコ・マジェストレッティは、1920年ミラノに生まれ、ミラノ工科大学で建築を学んだ後、1945年父親のスタジオで仕事を始めるが、第二次世界大戦直後の事情から低コスト家具などの製作に携わる。1948年以後はミラノトリエンナーレにかかわり、数多くの賞を受賞している。
椅子のデザインでは、初期の代表作として59年にカリマーテゴルフクラブの仕事にかかわりカッシーナ社で造られた「カリマーテ、Carimate」がある。赤く塗られた木部と民芸調の藁の座部が調和し、マジェストレッティのデビュー作である。
60年代には、折からの「プラスティック時代」を具現化するように、1964年アルテミデ社で「デメトリオ、Demetrio」というテーブルのシリーズをデザイン。これは強化プラスティックの一体成型されたこれまでにないスリムで美しく積み重ねのできるテーブル。(*1)その後は、高さ72センチの「スタディオ、Stadio」や、高さ40センチのローテーブルなど種類も多い。
「セレーネ、Selene」はこれらのテーブルのシリーズとしてデザインされた。プラスティックの一体成型された椅子として最初ではないが、伝統的な四本脚の椅子として完成度の高さでは卓抜。特に、細く伸びた脚の強度のためにS字型にした断面やスタッキングのためのディテールは秀逸である。さらに、セレーネを発展させた肘掛椅子タイプの「ガウディ、Gaudi」や大き目の「メッザテッセラ、Mezzatessera」もある。テーブルも含めこれらの椅子はプラスティックの特質から緑や白、ダークブラウンなど光沢のある鮮やかな色彩で、プラスティック時代を象徴する一群である。
この時期の照明器具は、家具と同じアルテミデ社(*2)でつくられた「エクリッセ、Eclisse」(1965)や彫刻的な美しさの「キメラ、Chimera」(1966)がある。
デザイン:ビィコ・マジェストレッティ(Vico Magistretti 1920〜2006)
製造:アルテミデ社(Artemide)
*1:デメトリオについて、マジェストレッティは「四角の箱の側面をかきとり、ひっくり返したらこのテーブルになった」と言う。
Beppe Finessi,Vico Magistretti ,Ediizioni Corraini
*2:アルテミデ社(Artemide)は1959年に創業したイタリアの照明器具のメーカー。現在もスターデザイナーを起用しデザインを重視した企業であるが、1960年代はマジェストレッティのプラスティック家具も造っていた。

鮮やかな「緑」に魅せられて
緑。それもこんなに鮮やかな緑はめったにお目にかかることがない。プラスティックだからとしても、椅子には大胆な色である。
30年以上も昔のこと。大学に赴任し、研究室にサンプルと実用を兼ねて椅子を買うことにしたとき選んだのがマジェストレッティの緑の「セレーネ」。値段が高くなかったこともあるが、プラスティックの一体成型でありながら伝統的な四本脚で、おまけに脚部の断面やスタッキング時の巧みなディテール(*1)は教材にもなると考えたのだが、実は、私自身が鮮やかな緑色に魅せられていたからで、以来ごみだめのような研究室の中でただ一点「セレーネ」の緑は変わることなく私が去るときまで冴えわたっていた。
子どものころ、「好きな色は?」と聞かれたら、即座に「みどり」と答えていた。正確にいえば少し黄味がかった緑、萌黄色というべきかも知れないが、当時そんな色名を子どもが知るわけもない。単なる「みどり」であった。
空襲警報のサイレンを背に逃れていった疎開先。隣のお爺があんでくれた藁草履で初夏の陽光にゆらぐ萌黄色に染まった稲のなかを一時間ぐらいかけて通学していたころは勉強などという言葉は死語で、西の空が茜色に染まるころまで稲の萌黄色と戯れていた。これが色に関する原風景か、と思うのだが。
草木に似て萌黄色からはじまり深い緑までには、人間の一生を象徴しているといわれる。私自身「青くさい」という青年の比喩を何度も言われた経験を持つが、昨今は渋めの緑に興味を引かれるのは、そういう年代にさしかかっているからだろう。
内部空間に使う材料で緑という色は少ない、というかめったにない。内部空間では使いにくい色である。それでも、時にはアクセントとして必要なときがあり、椅子張りの布地ぐらいにはあってもいいと思うが、なかなか思うような緑はない。かつて住宅の仕事で、施主の奥さんに椅子張りのサンプル帖を見せたとき、「どうして質は違っていても、こうも同じ色ばかりなの?」と言われたことがあるが、まったくその通り。椅子に使う布地は落ち着いた色と相場が決まっている。メーカーとして多様化が必要とわかっていても、在庫などの問題があり、色数を限定しなければならず、どうしても売れ筋の色に限られるのは仕方のないことであろうか。
椅子張りで鮮やかな緑色といえば、思い出すのがアレキサンダー・ジラード(*2)がデザインしたハーマンミラー社のもの。どうしても緑の布地が必要なときに無理に布地だけをわけてもらったこともあるし、私のアトリエでイームズのFRPの椅子にこの色を指定して今日まで40年ちかく使っているが、私の年齢と同様に相当色があせ,冴えた「みどり」とはとてもいえなくなってきた。
昨今ではプラスティックの一体成型でスタッキングができる椅子も珍しくなくなったが、まぎれもなく四本脚の椅子の完成度の高さでは「セレーネ」が最初で最後。それだけではない。色について言えば、緑のほかに白やワインレッドにこげ茶色もあったと思うが、数種類の色のバリエーションの中にこんな「緑」を加えたことは、マジェストレッティの、いやメーカーのアルテミデ社の企画なのかわからないが大胆な選択であり、見事。椅子の色に一石を投じたものだ。
テクノロジーと造形が見事に結びついた「セレーネ」。プラスティック時代のさきがけとなり、今ではあまたあるこの種の椅子の中でも比較にならない秀逸の一脚である。
*1:椅子を積み重ねるには単に構成上可能とするだけではなく、安定したスタッキング状態を保てる工夫も必要で、この椅子の座部の後ろ脚あたりのくぼみに上部の椅子の突起をはめ込み安定性を確保。プラスティックだからできたディテールとしても見事である。
*2:アレキサンダー・ジラードについては、「家具タイムズ」633号を参照されたい。