Np.53 チャールズ・ポロックの事務用回転椅子(12E1) 

ネルソンのマシュマロソファを書いたときに出てきたスワッグ・レッグドチェア。そのデザイナーであるチャールズ・ポロックがネルソン事務所をやめた後にデザインした椅子について今月は書きます。が、これも大いに刺激を受けた20世紀のデザイン史上に残る椅子です。

チャールズ・ポロックは、フィラデルフィアで生まれ、ニューヨークのプラット・インスティチュート(*1)でデザインを学び、卒業後ジョージ・ネルソン事務所でスワッグ・レッグドチェア(Swag-legged)(*2)などの開発に携わる。1960年に独立した後はノール社と仕事を始め、スティールパイプの直線的なフレームに皮のシートを吊ったラウンジチェア(1960)を発表。
続いてデザインされたのがエクゼクティブ用の事務用回転椅子「12E1」である。この椅子の構造とデザイン上のポイントは周囲に回っているアルミの引き抜き材のリムである。このアルミのリムによってこの椅子の構造が成立し、これに取り付いたプラスティックシェルは構造と同時にカバーの役目を果たしている。ポロックは「この椅子の中には骨組のようなものがないので、錆びたりしてだめになることもないし、周囲の光沢あるアルミは美しいアクセントになると同時にどのような方向からも保護の役目を果たしている」と言う。(*3)
このプラスティックシェルは、イームズのFRPのように人体を直接支持するのではなく、カバーとする方法で、70年代後半からのメカニズムを内蔵したオフィス用椅子の開発に影響を与えた。メカニズムこそ内蔵していないが、次代を暗示した造形である。
後年のポロックがデザインした椅子として、イタリアのキャステリ社(CASTELLI)が造った「ペネローペ(Penelope 1982)」と名づけられたワイヤーメッシュの美しい椅子がある。これは、スティールメッシュのシェルと人間工学的視点から座の前部を中心に後傾(Knee tilt)させることなどポロックの独創性にあふれた椅子である。
デザイン:チャールズ・ポロック(Chares Pollock 1930 〜)製造:ノール社(Knoll)
*1:プラット・インスティチュート(Pratt Institute)はニューヨークのブルックリンにある美術系のアメリカの名門大学
*2:「家具タイムズ」の659号参照
*3:Eric Larrabee,Massimo Vignelli“Knoll Design” Harry N.Abrams,Inc.ような方向からも保護の役目を果たしている」と言う。(*3)
このプラスティックシェルは、イームズのFRPのように人体を直接支持するのではなく、カバーとする方法で、70年代後半からのメカニズムを内蔵したオフィス用椅子の開発に影響を与えた。メカニズムこそ内蔵していないが、次代を暗示した造形である。
後年のポロックがデザインした椅子として、イタリアのキャステリ社(CASTELLI)が造った「ペネローペ(Penelope 1982)」と名づけられたワイヤーメッシュの美しい椅子がある。これは、スティールメッシュのシェルと人間工学的視点から座の前部を中心に後傾(Knee tilt)させることなどポロックの独創性にあふれた椅子である。

「ふっくらした形態」が暗示したもの
1966年ごろ、ポロックのオフィス用の回転椅子がアメリカ市場で大きな評価を得ていた。
ある日事務所へ行くと、少々乱暴な言い方になるが、丸裸になったポロックの椅子が居座っていた。前夜にでも持ち込まれたのだろうか、丸裸という表現がぴったりのこれまでにない中が空洞の椅子で、全体のイメージは今でこそユニークさは感じないが、当時はこれまでにない新鮮な造形。事務所では「やられた」という感覚になっていた。
ポロックは以前ネルソン事務所にいた先輩だが、当時はノール社の仕事をしていて、競争相手の製品を調査・研究することは、いつの時代でも、いずれの国においてもあたりまえのこと。裸にしてみて驚いたのは、椅子の周囲のリムがアルミの引き抜き材を曲げたものと知り、思わず唸った。アルミの引き抜き材がこのように曲がるとはまったく知らずにただただ驚いて。このリムとプラスティックシェルがどのように取り付いていたのか、すっかり忘れてしまい、どうなっていたかも今では語れないが。
だが、チームのメンバーはそんなつくり方やディテールより、この椅子がどうして評判を呼んでいるのかという議論の方に熱心で、好評である要因は椅子全体の持つ造形のイメージが「ふっくらした形態」にあるとの結論になった。それも、ある角度から見ると、全体があのころ少し話題になっていたスーパー楕円のイメージに近いというのである。スーパー楕円とは、デンマークのピエト・ハインが提唱し、フリッツ・ハンセン社のテーブルにまでなっている楕円と長方形の間に位置するなんともいえないやわらか味のある形状のことである。(*1)
いささか旧聞になるが、ベトナム和平会議に使用するテーブルの形が、議論の末にスーパー楕円が採用された、という新聞記事を読んだことがあるが、角張ったシャープなものより「和み」を重視したのだろう。
1960年代の中ごろからアメリカで、いや世界中で「ふっくらした形態」が好まれていた。当時アメリカで爆発的にヒットした車といえば、アイア・コッカー(*2)のつくったフォードの「マスタング」であるが、この車はコンピューターの力を借りて自動車の製造方法を革新したことでも知られている。学生時代に友人達とデトロイト郊外のフォードの工場へ見学に行ったときのこと。そこで見たものは、ラインの中で色やオプションの異なる一台、一台が見事に完成されていくプロセス。圧巻というよりただただ唖然としていたことを思い出すのだが、この車がヒットした要因の一つに、「ふっくらした形態」があったことはあまり語られていない。これは時代が求めた「かたち」であったのだ。
ポロックの椅子にはこのような、「ふっくらした形態」という外形のイメージの他に、もう一つ20世紀の椅子の変遷上で注目すべき点に触れておこう。一言で言えば、この椅子が70年代後半からのオフィス用回転椅子の造形を暗示したことである。それまでは、イームズのFRPのようにプラスティックのシェルは人体を直接支える目的であったものを、カバー的なものとして内部に空間を造ったことで、80年代からのメカニズムを内蔵する椅子の造形と製造方法を暗示していた。この種の椅子に先鞭をつけたドイツのメーカーなどがヒントにしたはずである。
椅子の「かたち」は、人間の立ち居振る舞いから時代背景、製造にかかわる技術などのさまざまな要因によって時代を映す鏡であるが、この椅子は次代のオフィス用椅子を暗示した造形でもあった。
*1:ピエト・ハイン(Piet Hein 1905〜1996)はデンマークの数学者、詩人、発明家、デザイナーなど多彩な人で、スーパー楕円を提唱した。スーパー楕円は     の公式で表される形状である。
*2:イタリア移民として、フォードやクライスラー社の社長を務め、大統領候補にもなり、アメリカンドリームを実現したともいわれている人物。著書も多い。