No.92 ゲルド・ランゲの「フレックス」 1973

今月は、北欧からドイツに移り、木とプラスチックという新鮮な組み合わせとアセンブリー方法で私を驚かせたトーネット社の「フレックス」というサイドチェアです。

 ゲルド・ランゲは1931年にドイツのヴッパータール(Wuppertal)で生まれ、1956年にオッフェンバッハ美術学校を卒業。61年には自らの事務所を設立し、家具を中心にプロダクトデザインの領域で幅広く活動した。
 60年代末からの仕事にはシステム的な家具もあるが、73年に発表されたトーネット社の「フレックス、Flex」1はランゲの代表作。他にもドラバート社(Drabert)のサイドチェア「SM400」(1968)や80年代には「フレックス」のイメージを踏襲したトーネット社の事務用椅子とサイドチェアなどのシリーズ「フレックスターン」。その他、スティールケース社の事務用椅子やフランクフルトのオペラ座のための椅子などがある。
 「フレックス」はフレキシビリティをコンセプトにデザインされ、基本形状は太い木の脚にポリプロピレン(射出成型)のシェルという単純な構成であるが、多くのオプションパーツが用意されいろいろな場面に対応する椅子。オプションパーツには、肘(アルミにエポキシ樹脂のコーティング)をはじめ椅子と椅子の間に渡すテーブルなどの連結用パーツ類、メモ台、数多く並べられたときの座席番号を太い後脚の上部にはめ込む番号札、教会での祈祷台まで用意されている。
 加えて、この椅子の特筆すべき点はアセンブリー方法にある。長さの異なる直径50ミリの二本の丸太を一枚の成型合板でつないだ変形H型の脚部ユニットの上から射出成型のプラスティックシェルを差し込むだけで椅子になるという簡潔な方法である。(写真参照)
 さらにもう一点、この椅子のユニークな点は木とプラスチックというこれまでにない組み合わせである。それまではプラスチックの本体の場合、脚部は金属ときまっていたが、量産性のあるプラスチックと量産性に劣る丸太のような木。発表当時、この一見矛盾するような組み合わせが新鮮で、金属の脚部にはないあたたかみのある雰囲気を醸し出していた。この椅子を端緒として、以後金属やプラスチックの成型品と木の組み合わせによる椅子が現れることになる。
 70年代の初めに、「フレキシビリティ」をテーマとして多くのパーツを用意して多様な展開を可能とした上、木と樹脂というユニークな組み合わせによる椅子として記録にとどめるべきものである。
デザイン:ゲルド・ランゲ(Gerd Lange 1931〜)
製造: トーネット(THONET)

木とプラスチックの協演
 正確には覚えていないが、ゲルド・ランゲに偶然出会ったのは1982年ごろの「オルガテック」2の会場であったと思う。
 当時の彼は売れっ子で忙しく、残念ながら挨拶程度の立ち話で終わってしまったのだが、その数年前、トーネット社から発表された彼の「フレックス」には正直「まいりました」と頭をさげていた。
 それはシステム展開の豊富さもさることながら、木とプラスチックという異色の組み合わせ。さらに、二本の丸太を一枚の成型合板でつないだH型の脚部ユニットにシェルといっても薄く見せたシート状のプラスチックを差し込むだけで椅子になるのだが、二つの脚部ユニットの間には通常あるべき貫がなく、木の脚部だけでは自立しない。普通では考えられない構造で驚くほかはない。異様に感じるほど大きく垂れた座の先端部分は、左右方向のリブの役割を果たし、座や背をシート状に薄く見せながら強度を確保している。さらに、このH型ユニットを左右入れ替えることで二種類の椅子になる。つまり、成型合板の「つなぎ」がシートより内側に入ったシンプルな基本形とオプションパーツを取りつけたり、スタッキングを可能にするために「つなぎ」が外側に出たタイプである。実にうまい。私の好きなやり方である。
 日本のアイデック社が輸入をはじめたことを知り、私にしては珍しく迷わず参考資料に買ったのだが、やはり座るとほんの少しだがゆれた。左右をつなぐ貫がないのだから当然で、強度の点では少しの問題を残したが、素材の組み合わせとアセンブリー方法で椅子の歴史に残る一つのモデルとなった。
 これ以前の1968年に、ランゲはドラバート社からパイプの脚部に上からプラスチックのシェルを差し込み、スタッキングを可能にした椅子「SM400」をデザインしているが、やはり経験がなければ出てこない発想である。
 一方ドラバート社といえば、事務用椅子の座を上下させるためにガスシリンダーを60年代にいち早く採用したり、人間工学を基に山形の形状をした背を角度調節する事務用椅子「フレックス・モデル7BS」3を世に出したドイツの古くからある企業で、事務用椅子の草分け的存在である。ミンデンにある工場を見学したのは70年代末だが、そこで驚くべき「椅子のつくり方」に初めて出会った。手仕事の多い作業でスピードこそなかったが、一応「流れ作業といえる椅子づくり」である。それまでにも多くの家具工場を見てきたが、どこでも見ることができなかったこと。椅子にメカニズムがビルトインされるようになれば製造方法が異なるのは当然で、70年代末のドイツの椅子といえば事務用椅子ということになるが、他社でも同じような光景が見られたことだろう。
 「フレックス」のアッセンブリー方法とオプション・パーツを加えた展開は見事であるが、異種の素材、それも直径50ミリもある丸太のような木とプラスチックの組み合わせは当時としては新鮮であった。量産性のあるプラスチック本体の脚部にこのような太い木を使うことは、材料の調達に自信がなければできない。この椅子を契機として木とプラスティック(成型品)や木と金属の脚の組み合わせが流行りだした。
 トーネット社ではヴルフ・シュナイダー4らは太い木と細いスティールロッドを組み合わせたフレームの「S320」(1983)を、また、ポール・タトル5はウレタン成型品の座と背を四本の太い木で支えた「レオナルド」などがわが国の市場でも一時賑わった。
 「フレックス」は70年代に「まいりました」と頭を下げた一脚である。
① :椅子の名前に関して、日本のアイデック社が輸入・販売したときのカタログでは「Tフレックス」となっていたが、海外の資料では「Flex 2000」とあるものもあり、ここでは単に「フレックス」とした。
②:現在では一般的に「オルガテック」と呼ばれているが、当時正式にはオルガテヒニク(Orgatechnik)と言い、1976年以後2年に一度ドイツのケルンで開催されたオフィスの家具や機器の世界的な展示会。
③:ドラバート社(Drabert)のオフィスチェア「フレックス・モデル7BS」はRainer Bohlらによる「Dチーム」によってデザインされた。この椅子は70年代半ばから人間工学的視点を導入したドイツの事務用椅子全盛のさきがけとなった。
④:ヴルフ・シュナイダー(Wulf Schneider、1943〜) はドイツ・シュッツガルトで活躍するデザイナーで、ミュンヘン工芸大学で教鞭もとる。
⑤:ポール・タトル(Poul Tuttle、1918〜)はアメリカ・西海岸で家具を中心に活躍するデザイナー。
参考文献:
『JAPAN INTERIOR DESIGN』誌、1975年1月号、38〜39頁
『JAPAN INTERIOR DESIGN』誌、1976年6月号、89〜91頁