No.20 ル・コルビュジェ ピェール・ジャンヌレ シャルロット・ペリアンの安楽椅子(LC2,LC3) 1928

先月に続いて、ル・コルヴィジェを連続して取り上げます。が、先月のLC1、LC4に比べると少し馴染みが薄いかもしれませんが、これぞ1920年代の名品です。しかし、今月は私の旅行記になりました。
LC2、LC3の主な違いは、寸法の大小(大は幅が99センチ、小は76センチ)と座部のクッションの構成が異なるのみである。
太さの異なるパイプで構成された「支持する部分」と複数のクッションからなる「支持される部分」との二分法による構成は、細いパイプとマッシブなクッションとの対比によりさらに明解となり、ル・コルビュジェの合理主義の理論が表現された20世紀の名品である。 現在の視点で見ると、LC1やLC4ほどのユニークな造形ではないが、支持体にクッションを置いて椅子とする構成は、当時としては革新的で、後世に大きな影響を残した。
また、カッシーナ社によって1965年に復刻されたクッションは硬い皮張りであるが、プロトタイプでは羽毛が詰められたソフトなもの。その上、パイプにラッカーの吹き付けというバージョンもあり、80年代からの椅子のカジュアル化のさきがけであったとも考えられ、その現代性には驚かされる。
しかし、なんといっても、ル・コルビュジェが、たった一年間で今も息づく椅子類(LC1〜LC8)の全てをデザインしたことは驚嘆のほかはない。
デザイン:ル・コルビュジェ
(Le Corbusier1887〜1965)
ピェール・ジャンヌレ
(Pierre Jeanneret1896〜1967)
シャルロット・ペリアン
(Charlotte Perriand 1903〜1999)
製造:1930年からトーネット社で、1965年からカッシーナ   社で復刻されている。

ブルーグレイのメタリックなラッカー吹付けに革張りの羽根を詰めたクッション。最初の製品

 

 

 

ル・コルビュジェという建築家を知ったときから、ロンシャンの教会を一度見てみたいという夢にも似た気持ちを抱き続けて10年近く経った。
1967年、アメリカ留学からの帰路。ヨーロッパで見たいものの一つに挙げてみたものの、どこにあって、どうして行けばよいのか。今ならそんな情報は巷にあふれているが、当時は皆目見当がつかなかった。ニューヨークの本屋で立ち読みをして情報を集め、スイスのベルンまで行けば何とかなるだろう、という安易な気持ちでニューヨークを発った。
パリで、たまたま見つけたロンシャンの教会が描かれた切手。さすが切手にもなるのかと感嘆し、 記念に一枚だけ買って手帳に挟み込んだ。 このことがのちに大いに役立つことになるとは知らずに。
真冬の早朝。暗闇のなか、ベルン駅前の安宿を逃げるように出て汽車に飛び乗る。 前夜に何度調べてみても午前中にロンシャンに着く汽車はこれ以外には見当たらなかったからである。
霜震のロンシャン駅。 誰一人いないプラットホームに降り立ち、汽車を見送ると、吐く息のみが白くあたりの空気を動かす。木造の小さな駅舎では、年老いた駅員が一人ストーブに石炭をくべていた。
これからどうすればよいのかもわからず、英語で話しかけてみたがもちろん通じない。大学時代なきなき単位を取った程度のフランス語では全く役に立たず、 とっさにパリで買った切手のことを思い出し、「ここへ行きたい」と示して、手話まがいの会話がはじまった。老人は得意げにすぐさま行くべき方向を指さしてくれたが、「まだ暗いし、寒いからもう少しストーブにあったていけ」と言う。 お互いストーブに手をかざし、 手話と英語とフランス語の不思議なコミュニケーションを続けながら日が昇るのを待つこと1時間余り。 しらじらと夜が明け始めたころ、礼を述べ、駅前の小さな店が開くのを待ってパンを一つ買い、目的をめざして歩をすすめることにした。が、本当にこの先にあるのだろうかと心配になった。 それほどの勾配ではないが山道、聞きたくてもあたりに人家も人影もない。 不安を覚えながらもゆっくり歩くこと20分ぐらいであっただろうか、 丘の上にそれらしき姿が小さく見えかくれしてきた。 思わず「あった」と呟き、興奮し、駆け出していた。
冬の朝日に照らし出されたロンシャンの教会はたとえようもなく美しく、丘の上に展示された巨大な野外彫刻を見るように周囲を歩き、堪能するまで眺めまわした。おりしも扉には鍵がかけられていなかった。内部に入ると、そこは無数の窓からの光が奏でる私一人のための演奏会場と化し、 どこからともなく聖歌隊の歌声が聞こえるような錯覚さえ覚えていた。
後にも先にも、世界的に名のある建築をひとり占めできたのはこのとき限りである。
朝日に映える「意味するもの」としての外部と、一転して、無数の窓からの光と影による「意味づけられるもの」としての内部空間。山をおりながら、「支持する部分」と「支持される部分」によって構成された安楽椅子(LC2,
LC3)を思い起こしていた。