No.74 アンナ・カステリ・フェリエーリのスツールグループ 1979

今月は、この数ヶ月続いたデザイナーの大先輩で、先年なくなったアンナ・カステリ・フェリエーリ。イタリアの正統派というか、先月のピレッティとは別の意味で硬派。1979年と時代は後になりますが、彼女が60歳になってからの名作、スツールグループです。

 アンナ・カステリ・フェリエーリは1918年イタリアのミラノに生まれ、1943年にミラノ工科大学建築科を卒業。当時、名門ミラノ工科大学で学んだ女性は珍しくパイオニア的存在である。卒業後はフランコ・アルビーニの事務所で働き影響を受け、雑誌(建築関係)の編集などの仕事をした後、1966年からは夫であるジュリオ・カステリが創業した化学製品のカルテル社(Kartell)(*1)のデザイナーとして、またデザインディレクターとして同社を今日のデザイン主導の家具会社に育てた功績は大きい。1969年に積み重ねる収納棚のユニット「コンポニビリ、Componibili」をデザイン。大ヒット商品になり、現在も製造・販売されている。
 スツールグループは、成型された強化セミポリプロピレン樹脂の座に四本のパイプを差し込むことで成立する簡単なスツールであるが、座の上部にも二ヶ所の突起がありパイプの背やもち手を差し込み多くのバージョンを生むという見事な発想。パイプの色も赤、白、黒の三色があり、シート高の低いバージョンには高い背が付いたものもある。換言すれば、脚と背のパイプをジョイントする部材をそのまま座とした画期的な椅子。特に垂直ではない脚のパイプを差し込み簡単に固定する「しかけ」は卓抜で他の追従を許さない。年間15,000脚ものヒット商品となり1979年の黄金コンパス賞を受賞。その後に、背と肘が一体となったバージョンも製品化された。
 他に椅子のデザインでは、製品開発に2年の歳月と1億2,500万円もの設備投資をして完成させたプラスティックの一体射出成型のスタッキング椅子(1985)(*2)がある。このデザインは彼女の「プラスティックにエレガントな形態を与えたい」というコンセプトから生まれた。
 生前、ミラノ工科大学で「デザインとテクノロジーの関係論」を講義していたというように、常に家具をインダストリアルデザインとして捉え、イタリアにおける女性デザイナーのパイオニアである。
 スツールグループは、パイプとのジョイント部材をそのまま座部としたこれまでの椅子にない方法論を提示した。
デザイン:アンナ・カステリ・フェリエーリ(Anna Castelli Ferrieri 1918〜2006)
製  造:カルテル(Kartell)
*1:カルテル社(Kartell)は1949年にアンナの夫であるジュリオ・カステリ(化学者)が創業し、最初は化学製品の企業であったが、1964年ポリエチレンの射出成型による子供用椅子(デザインはザヌーソとサパー)を造ったのをきっかけに「アンティークになりうるプラスティック家具」をコンセプトとしている家具会社。
*2:この椅子の開発に関しては、雑誌『AXIS』 18号、1986、参照。

ジョイント部材を座にした椅子
 部材と部材をつなぐ。永年、私の家具デザインのテーマのひとつであった。
 これまでに木と金属、ガラスとガラスなどいろいろと試み、あるときは無垢のステンレスを削りだしたり、試作品のために鋳物の型までつくりコネクター(ジョイント部品)をつくるというバカげたこともやってきた。
 家具にかぎらず、モノは部材をつないでいくことで誕生する。木と木をつなぐ方法にしても、釘や接着剤は論外として、部材の形状や使用目的によって多くの方法があり、木工の加工技術の基本になっている。スティールパイプが椅子(室内用)の素材となったのはバウハウスの時代。それ以来パイプは強度と曲げ加工の容易さ、さらには部材をつなぐのに「溶接」という方法があり今日まで多用されてきた。しかし、「溶接」には職人の技が必要で、その上仕上がりに精度や美しさの「差」が生じ、コストもかかる。また、作業する側にとっては「3K」といわれる仕事。昨今の自動車産業ではロボットが多用されるが、家具産業ではまだほんの一部である。
 私がなぜ「部材をつなぐこと」を椅子づくりのテーマにしたのか。それは若いころのある椅子との出会いからである。その一脚とはネルソン事務所時代に毎日接したスリングソファ(*3)。この椅子のパイプとパイプをコネクターを使って大きさの異なる椅子(ソファ)にする方法に出会って以来、人の手間を省き、量産化(計画生産化)された部材を注文に応じ出荷前に組み立てるというカスタムメード化と省スペース。それと、なにより「均質な商品」をつくるというハーマンミラー流(ネルソン流でもある)のモノづくりの方法に傾倒していったのは自然なことであった。
 パイプは強度の点からも椅子の脚部として格好の素材である。イームズやヤコブセンの椅子を見るまでもなく、座部が木であれば座の裏側でねじ止めすることで解決されてきたし、金属であれば溶接することで多くの椅子が生まれてきた。椅子の脚として切断されたパイプを簡単に座部に固定できれば、これほどのことはない。これをやってのけたのがアンナのスツール。私自身が素直に感動し、資料として買った数少ない一脚で、丈夫なためにアトリエで物置台になったり、時には脚立代わりに今も使っている。
 1970年代末ごろからスキンレスのウレタン成型品(*4)がドイツなどで事務用椅子の肘など家具の部品として使われはじめた。表面は硬いのだが、弾力性があるこの素材は椅子の肘に格好の素材で、私も最初は椅子の肘部に利用した。だが、そのソフトな感触は椅子の座としても使えるのではないかとスケッチを重ねていたころ、イタリアで、発表された直後のアンナのスツールに出会い、そのデザインだけでなく、パイプの取り付け方など大いに刺激を受けた。即刻、スケッチの中からパイプを垂直に使うことをギブアップし、パイプを斜めに使いキャンティレバータイプにして誕生させたのが1980年に発表した「サークル」(*5)という椅子のシリーズ。一万脚以上は売れたであろうか。私のデザインした椅子の中では生産数で圧倒的に多いものだ。
 今時のジャーナリズム紙上でアンナのスツールがとりあげられないのは、派手なこけおどしの造形でないからであろう。が、デザイン史上でもあまり登場しないのは、批評家や研究者と私との視点の違いである。実際にデザインする人間でないとわからない製造上の難題(*6)を見事なまでに解決し、ジョイント部材を座とした画期的な椅子。私がデザインした「サークル」の誕生につながった、忘れられないというか、惚れた一脚である。
*3:「家具タイムズ」622号参照
*4:正式にはなんと言えばよいのかわからないが、表面を硬く、中を適度のやわらかさでウレタンを発泡させた成型品。
*5:1980年チトセ株式会社から製造・販売された。紙面の都合で写真は割愛したが、パイプを斜めにしたために高さを自由に変えられず、最初から三種類を設定してジョイント部の角度を決めるのに何度もモデルで検討した。
*6:脚部のパイプが底部へ少し広がっていて、その取り付け方と座部の樹脂を成型する複雑な金型の造り方。また座の上部のパイプの曲げ加工などは難しく、金型を使わないと曲げられたのではないか、などシンプルな造形の中に製造上の難題も解決されている。座部は有限要素法の解析により強度計算がされている。