昨年末、ウッツオンが90歳で亡くなったので、追悼の意味で今月は飛び入りです。先月の「サッコ」と同じ1968年、デンマークではウッツオンが「システム・シーティング」を発表。椅子に相当詳しい方でもこれはご存じないかもしれませんが、まさに当時の革新的なシステムチェアです。
ヨーン・ウッツオンは1918年デンマークのコペンハーゲンで生まれ、王立芸術アカデミーで建築を学び、アスプルンドやアアルトなどの事務所を経て1950年に自らの事務所を設立し設計活動をはじめる。
ウッツオンといえば、1957年にオーストラリア・シドニーのオペラハウスの設計競技で思わぬ勝利を収め、世界の建築界に鮮烈なデビューを果たしたことである。しかし、オペラハウスが完成するまでには審査段階からの逸話(*1)もあり、設計、工事、建設費用などにさまざまな問題が生じ1966年に設計者の立場を辞任するが、あとを継いだチームによって1973年見事に完成し、今ではシドニーのランドマークとしてウッツオンの代表作となっている。
この他、建築ではバグベアー教会(1976)をはじめとする多くのプロジェクトで受賞暦も多く、世界で評価され2003年には建築界で栄誉あるプリッカー賞を受賞。
40年代末ごろ、コペンハーゲンの美術工芸学校のインダストリアルデザイン学科で教鞭をとり、ポール・ケアホルムを教えたことがあるように、一時はプロダクトデザインも手がけ、ランプや家具もデザインしている。
システム・シーティングは三種類のパーツ(ウレタンホームを布で張り包んだもの)を組み合わせ、多くのバリエーションを可能として無限に展開するシステムは画期的なもの。構成要素をある関係性のシステムで集合させるこの方法は、シドニー・オペラハウスの設計手法と同じである。このデザインを見ると、ウッツオンがシドニーの無念さを爆発させたと考えられる。これが初めて公開されたのはロンドンのOscar Woollens(*2)であったというが、その後商品化などについては確かな記録がない。しかし、ほぼ同時期にシステム・シーティングと部分的な造形がよく似た「イージーチェアとフットスツール」がデザインされ、製品番号8101,8110としてフリッツ・ハンセン社で製品化された。(*3)
60年代末にジョエ・コロンボをはじめ、パーツを組み合わせるシステム的な椅子が多く誕生したが、ウッツオンのものをそれらの代表とした。
また、同年に発表された「フローティング・ドック」(*4)は三角形のアルミをU字型に曲げたパーツの組み合わせにより、椅子やテーブルの脚部を構成するシステムである。
(尚、「システム・シーティング」は商品化されなかった可能性があるので、製品化されたイージーチェアをあわせてとりあげた)
デザイン:ヨーン・ウッツオン(Jorn Utzon 1918〜2008)
製造:イージーチェアはフリッツ・ハンセン社
1968年、パーツが織りなす華麗なシステムに込められたシドニーへの思い
1968年4月号の「mobilia」の表紙でウッツオンのシステム・シーティングに出会ったときの衝撃は今でも鮮明に思い出すが、同時に、IITのダブリン教授のゼミで聞いた次の話も脳裏を過ぎった。
「モノ、それも工業製品が発展する過程として、パーツ(PART)からコンポーネント(CONPORNENNT)へ、そしてシステム(SYSTEM)へという過程で捉えることができる。一つではなんの役にも、意味もなさないパーツが集まることで意味を持つモノ(コンポーネント)となり、さらにそれらの集合が人的・物的なソフトと組み合わされると『システム』として社会的に大きな意味を持つ。今や、デザインはシステムを前提とした時代に入った」と。この話を聞いたのは1965年のことで、内容はもちろん当時のアメリカの話。日本ではまだまだ単品のモノの開発・デザインに傾注していたころである。
どんな世界にも「はやり」というものがあるように、椅子のデザインにおいて60年代後半に単独ではなんの意味も持たないものを集めて椅子に、それもシステムとはいかないまでも変化のある椅子にするという「はやり風」が吹いた時期があった。代表的なものにコロンボの「アディショナルシステム」や「チューブチェア」がある。しかし、これらを含めて全てが平面や側面での展開でシステムとまではいかないものであったが、ウッツオンのものは背になる部分が二種類の高さで折り重なるように構成され、さらにその色も異なり、三次元へと無限に展開されるまさにシステムと呼べるもので、見事というほかはない。
これを見ていると、後年完成したシドニーのオペラハウスとの共通点を読み取ることができるが、むしろウッツオンがオペラハウスの設計監理から退き(1966)、苦悶する中で「オペラハウスの家具版」として誕生させたのがこのシステムではなかったか。さらに、ウッツオンの椅子として他の二点を含め同時期に世に発表したことは驚くべきことで、オペラハウス降板への怨念が椅子という対象へ一気に乗り移ったとしか思えない。
かつてウッツオンの事務所にいた建築家・竹山実は次のように言う。「ウッツオンの手法を一口でいうと、コンテキスチュアライゼーション(contextualization)、— つまり、単純化された構成要素をある関係化のシステムで集合させるといった形態論的なコンテキストを重要視する方法である。(ZODIAC 5号、14号参照)その最も大胆な試みが実現したのがシドニー・オペラハウスだった」(*5)と。システム・シーティングもまさに構成要素を集合させてシステムにまでした椅子のデザイン史上の傑作である。ただ、残念なことに公共空間での「使用」となると、床に接する部分の汚れやパーツの接続方法など問題点も多かったのだろう。調べる必要を覚えつつも、ロンドンで発表されて以後どうなってしまったのかわからないが、商品化に課題が残ったことは確かである。
当時の私がウッツオンのシステム・シーティングに受けた衝撃について、手元に資料が残っている。大阪デザインセンターが椅子の変遷をまとめた年表「the rings of design」(*6)中で、私が担当したモダンデザインの50脚あまりの中にウッツオンのシステム・シーティングをとりあげているのだ。今、それを見ると、当時いかに衝撃的な出会いであったか、われながら改めて思い知るのである。しかしながら、椅子のデザイン史のどこにも登場しないのだが・・・。
現代史の中で時代の転換点である1968年。イタリアでは椅子の概念を覆す「サッコ」が生まれ、デンマークではウッツオンの「システム・シーティング」。それまでの椅子の概念を大きく変えたことは同じでも、イタリアとデンマークとの差異は明らかである。
(昨年末、知人とウッツオンのシステム・シーティングの話をしていたその翌日、ウッツオンが亡くなったことを知るが、追悼の意味をこめてここに記す)
*1:応募案は基準に合わないとして一度は落選していたが、審査員であったエーロ・サーリネンがあえて採りあげた逸話は有名な話。
*2:60年代後半から70年代前半、ロンドンの421 Finchery Roadにあった家具の展示場と店舗。
*3:成型合板にクッションをつけたパーツを組み合わせた椅子とスツール。ディテールをみると、「システム・シーティング」との共通する部分が多く、「システム・シーティング」の製品化されたものとして考えられる。
*4:「フローティング・ドック、Floating Dock」ともいわれるシリーズ家具は、断面が三角形のアルミをU型に曲げたパーツを集合させ、脚部をシステム展開させた椅子やテーブル。製作はFritz Hansen 。イギリスの『DESIGN』誌、1968年 No.231、38〜41頁に「Furniture Unlimited」と題して詳しく紹介された。このときのプロトタイプはアルミではなく成型合板であった。後年、断面形状などディテールは異なるが、ガエ・アウレンティがノール社から発表した「アウレンティ・コレクション」のさきがけとなるもの。
*5:「JAPAN INTERIOR DESIGN」誌 1977年 No.216 24〜25頁。
*6:1976年の発行であるから、古代から現代にかけての年表といっても1970年代半ばまでのことである。