No.90 ルッド・チューゲセンとジョニー・ソーレンセンの 三本脚の肘掛け椅子(No.4551)1974 と8000番シリーズ1981

今月はデンマークの第二世代の代表格ルッド・チューゲセンとジョニー・ソーレンセンです。彼らのデザインはこれまでのデンマークの椅子とは異なり、骨太で明快な造形。70年代からの彼らの仕事には大いに刺激されたものです。

 ルッド・チューゲセンは1932年にデンマークのセビューで、ジョニー・ソーレンセンは1944年にヘルシンゴで生まれ、共にコペンハーゲン美術工芸学校(School of Arts, Crafts, and Design )でデザインを学ぶ。1966年に共同で仕事をはじめて以来、家具を中心に雑貨類のデザインを含め二人の長所を生かして96年までパートナーシップを続け、マグヌス・オルセン社で多くのデザインを発表し続けたデンマークの第二世代を代表するデザイナーである。
 彼らのデビュー作は、1968年コペンハーゲンの家具組合主催のコンペで一等を得た角材に籐を張った美しいプロポーションの椅子。この椅子を家具組合が当時の国王・フレデリック9世の誕生日にプレゼントしたことから「キングス・チェア」1とも呼ばれて評価を受けた。
 この椅子を契機にその後の活躍はめざましく、初期のころにはパイプを使った椅子もあるが、彼らのデザインした椅子は成型合板をフレームに使ったものが多い。主なものに、後脚と肘をかねた肘掛け椅子(1971)からここでとりあげた三本脚のスツールと椅子、ダブルフレームによるキャンティレバーの椅子(1975)やスタッキング可能な一連の椅子(1971〜75)などその数も多い。
 80年代になってからは、パーツをアッセンブリーすることで量産性に優れ、多くのバージョンを可能にし、現在も使われている8000番シリーズは彼らの代表作。これは70年代末にマグヌス・オルセン社から「トーネットの14番の現代版を!」という依頼(パーツ数を少なく、軽量で且つ丈夫な構造と、トーネットにはないスタッキング可能な椅子)から誕生したとされる。脚部のパーツは差し込む部分の長さや構造(世界34カ国で特許申請され、日本でも1993年に実用新案登録)2など少しの変遷を経て現在に至っている。さらに、この椅子にはシリーズ化されてスツールやテーブルまである。パーツ化による量産性に優れた木製椅子の傑作である。
 以後は、システムソファの「スインガー」や多くのバリエーションを展開する「MOテーブル」など、使用面からも堅実なものが多い。
 また、彼らはマグヌス・オルセン社での自らの仕事をポスターにするなど、ビジュアルデザインにも非凡な才能を見せたデンマーク第二世代のエースである。
三本脚の椅子:H700×W630×D475
8000番の椅子:H670×W430×D430
デザイン:ルッド・チューゲセン(Rud Thygensen 1932 〜)
ジョニー・ソーレンセン(Johnny Sorensen 1944〜)
製造: マグヌス・オルセン(Magnus Olesen)

クラフトを越えた木のぬくもり
 もう二年も前のことになるが、久しぶりにコペンハーゲンを訪れて街の変わりように驚いた。それはストロイエ通などの中心部のことだが、とにかく多国籍とも思える人の多さと、どこか薄汚さを感じたのは夏の観光シーズンであったからだろう。
 だが、そうした私の印象もここに永く住む人からも同意を得たので、まんざら偏見でもなかろう。一言で言えば「国際化」なのか。北欧では最も活気のある街に違いはないのだが、かつてのコペンハーゲンの印象がなかなかよみがえらなかった。
 60年代はもちろんのこと、70年代から80年代は、この国のデザインと同じ清潔感というか、清楚な街という印象が消えなかったためである。
 昨夜、料理のまねごとで使ったチューゲセンらがデザインした「胡椒挽き」は清潔感ただようころの「デンパーマネント」3で出会った途端に買ったものだが、以来、使い続けて30年。彼らの仕事にも注目し続けてきた。
 「なぜなのか」と問われると、一言で答えるのは難しいが、ヤコブセンは別格としてもユールやウエグナーに代表されるそれまでのデンマークのデザインとは異なる「新鮮さ」にある。それは、木の扱いがそれまでのクラフト的ではなく、厚みのある成型合板を一見無造作に使い、取り立てていうべき特徴もないのだが、デンマークの椅子にはない骨太で明快な造形。さらに「シリーズ化」や後年の「パーツ化による量産性」などが私の趣向に合致し、これまでのデンマークの木製椅子にはないものを感じていたからにほかならない。明らかに彼らはデンマーク家具の第二世代で、70年代以後デンマークに新風を吹き込んだ。
 彼らのデビュー作「キングス・チェア」に最初に出会ったとき、とりたてていう新鮮さはないのだが、「プロポーションが美しい」という印象をもった。が、その後デンマークの友人からもらった彼らの初期の作品集4を見ると、ユールばりの水彩で彩色された五分の一の図面と側面図の構成でそのなぞが解ける。実に規則正しい構成からできている。また、彼らのスケッチとドローウイングは実に「達者」の一言。とてもまねはできない。
 彼らのデザインで、私の好みにあったのがここでとりあげた比較的初期(1973)の三本脚の肘掛け椅子やスツールのシリーズ。これは逆転の発想と言うべきか、成型合板のフレームを中心に、これに挟まれた黒いパーツが座や背を構成する方法はオリジナリティのあるもの。黒く塗装された部分とフレームとの調和がにくいほどうまい。
 8000番シリーズはパーツ化による量産性という点で「トーネット以来の傑作」といってもよいが、よく似た発想のものは以前からあった。1972年にスイスのブルーノ・レイ(Bruno Ray)が丸い座と脚をアルミのダイキャストのジョイントを使って組み立てた椅子「2100」がクッシュ(Kusch)社5の製品になっていた。私はこの椅子に大いに触発され、ジョイント金具をやめ成型合板の脚を座部に差し込んだ椅子のシリーズ6をスイスのコンペに応募・受賞したのが1980年のことだから、彼らより少し早かったと思う。後に脚をアルミのダイキャストに代え「RYS−90」7としたが、彼らはビスなどを使わず、座部に直接かち込む方法で、よりコストダウンに成功している。
 ポストモダニズムの影響からか、80年代以後の北欧の木の椅子も単なる造形だけに走った趣味的なものが増え、幅広く「使用」に応えるという点から見ると、チューゲセンらの「8000番シリーズ」以後はフォーサムとローレンツの「キャンパスチェア」ぐらいで、他にとりあげるべきものもない。木という素材の可能性はもう残されていないのだろうか。
① :「キングス・チェア」の発展形として、80年代になって肘掛椅子タイプがBotium 社でつくられている。
②:島崎信著「一脚の椅子・その背景」建築資料研究社、 2002 236〜251頁に詳しい。
参考文献:Henrik Sten Moller,,
Rud Thygesen・Johnny Sorensen , Rhodos 1976
③:60年代から70年代では「デンマークのデザインセンター」とでもいえる展示と販売をする場。家具を中心に雑貨類、テキスタイル、アクセサリーなどデンマークの質とデザインのよいものが展示されていた。「家具タイムズ」661号参照。
④:Henrik Sten Moller,,
Rud Thygesen・Johnny Sorensen INDUSTRI &DESIGN, Rhodos 1976
⑤:ドイツ系のパブリック用家具を中心としたデザイン主導の企業で、日本では「オカムラ」が一時提携していた。
⑥:スキンレスのウレタンの丸い座部に四方向から脚部のパーツを差し込むことと背部の構成など8000番とほとんど同じである。量産化しなかったために公にできず残念であった。
⑦:「家具タイムズ」625号参照。