No.23 ドン・アルビンソンのスタッキングチェアー 1964

少し馴染みがないかもしれませんが、今月も先月に続き、クランブルックから出たデザイナー、アルビンソンを取り上げます。アルビンソンは、イームズと仕事をした後、ノール社のデザインと技術関係を担い、デザイナーの椅子を開発することに力を発揮した人です。

ドン・アルビンソンは、クランブルック・アカデミーで学び、イームズのアシスタントとして1946年から13年間、FRPの椅子の開発にもたずさわる。1959年独立して自らの事務所を設立するが、このスタッキングチェアーのデザインを持って64年から71年までノール社のデザイン部門のディレクターとなる。製造技術と造形力の両方にたけたデザイナーとして、ワーレン・プラットナーのワイヤーの椅子やポロックの回転椅子にも力を貸した。アルビンソンは、このころのことについて次のようにいう。「生産技術や材料のことを抜きに、造形だけのプレゼンテーションをするデザイナーには苦労した」と。
この椅子のフレームはアルミのダイキャスト。座と背はポリプロピレンのインジェクション成形で、色も5色ある。このような大量生産的手法により低コストで、安定性のあるスタッキングを可能にしたのは、アルビンソンならではのもの。スタッキングされた時の姿は実に美しい。それに加え、何よりも当時のアメリカの工業技術を象徴していて、多くの椅子を垂直にスタッキングできる椅子の典型である。
しかし、時の経過は、より低価格でスタッキングできる小椅子を生み、アルビンソンの目論見とは異なり姿を消す。
デザイン:ドン・アルビンソン
(Don Albinson 1915〜 )
製  造:ノール社(Knoll International)



▲Vertebraのロゴと、動きを表した写真。カタログより


▲バーテブラーシリーズは数多くバージョンがある。


▲クルーガーのカタログ

椅子に出会って鳥肌が立つというのは少しオーバーだが、正直唸った。 1978年、シカゴのネオコン(Neocon)会場でのこと。
座っていながら座が前方へスライドする。前方へも傾く。 経験したこともない動きの椅子に驚嘆した。何度もあたりの椅子を座りなおしてみる。 横にいるセールスマンが得意そうに説明するが、そんなことはどうでもよかった。途端に「これは日本でうける」と直感が走る。
ショウルームを出るとき、デザインしたのは「エミリオ・アンバーツ」だと聞き、「まさかあの建築家というよりは環境計画家のエミリオ・アンバーツがこんな椅子までデザインするのか」と、にわかに信じられず戸惑いすら覚えた。 後でわかったことだが、すでにこれ以前に、日本で紹介されていたのだが、勉強不足で本当のところ知らなかった。 同一人物だとわかったとき、世の中には凄い男がいるものだ、とおもわずため息をついた。
翌日、少なからず興奮しながらニューヨークへ飛んだ。アンバーツにライセンス契約の条件を聞いてもらうために、友人の商社マンへ電話をする。このときばかりは、私自身がデザイナーであることを忘れ、ビジネスマンになっていた。 あいにく彼はヨーロッパ旅行中で詳細を聞くことができなかったのだが。
70年代の中ごろから(日本では80年ごろから)、コンピューターの急激な発達によりオフィスでの作業内容が変わりはじめると、オフィスの意味までが問われ、オフィス環境の高度化が計られはじめた。 なかでも、オフィス用の椅子(回転椅子)の開発がドイツを中心に盛んになり百花繚乱の様相を見せはじめていた。
アメリカはたいしたことがないだろう、とたかをくくっていた。というのも、アメリカを代表するオフィス家具のメーカーは、ハーマンミラーやノールであり、ある程度の情報はわかっていた。 が、調査しておくに越したことはないと出かけたのが1978年のネオコン。あのマーチャンダイズマートの長い廊下を疲れた体に鞭打って見て歩き、そろそろ今日は終わりにしようとしたところ。突如、見知らぬ会社のショールームに並んでいた椅子に目を奪われた。 それは、ゴムの蛇腹がうねうねとくねった風変わりな椅子で、かたちがおもしろいので飛び込んでみた。これがクルーガー(Krueger)という会社が作った「ヴァーテブラ(vertebra)」だった。吃驚仰天した。
当時、「チトセ」というオフィス家具のメーカーから「何かいい情報があったら教えてほしい」と依頼されていたので、早速「この椅子のライセンス契約の詳細を調査してみてはどうか」と提案した。 しかし結果は、契約に要する金額が莫大である上にいろいろと条件がついていて実現には至らなかった。
その後、日本で出されていた特許公報を見ると、詳細にわたり完璧な特許の網がはりめぐらされていた。さらに、世界をいくつかのエリアに分け製造・販売の権利を与えるというもので、その戦略には驚くほかはなかった。ハイテク商品ならいざ知らず、たかが「椅子に」である。 開発と同時にこれほど完璧な世界戦略がなされている椅子を私は知らないし、今後も考えにくい。よほどモノに対する自信がないとできないことであり、「まいりました」と頭を下げた。
数年後、日本で「イトーキ」から発売され、大ヒットするのを見ながら、自らの直観力に少しばかり酔っていた。