No.52 ハンス・ウェグナーのピーコックチェアと大きな二つの椅子 フラッグハリヤードチェア1950 ジ・オックスチェア 1960

先月、ハンス・ウェグナーを急遽とりあげましたが、今月も続いてもう一回ウェグナーです。あまりに多くの仕事を残し、どれをとりあげようかと悩みますが、今月はピーコックチェアに代表される大型の椅子、三脚について書いてみます。

椅子づくりの名人、ハンス・ウェグナーがデザインした椅子の中で名品とされるものの大半は、「ザ・チェア」やYチェアに代表される小ぶりの椅子である。が、大型の椅子もここでとりあげた三脚は、木、金属、布による総張りとそれぞれ素材の持つ特質を生かしたユニークな造形である。一人のデザイナーがこれだけの個性豊かな大型の椅子を、それも素材をかえて別人の仕事かと見える椅子をデザインしたことはなく、ウェグナーの職人的デザイナーとして面目躍如たるもの。それは、若いころ彫刻を学んでいたことに影響がありそうだが、このことはあまり知られていない。(*1)
木を素材としたピーコックチェアは、イギリスのウィンザーチェアにヒントを得て、そのリ・デザインとされている。大きな背のフレームとスピンドルの組み合わせは、孔雀が羽を広げた形に似ていることからピーコックチェアと呼ばれている。汚れやすい肘の部分に濃い色のチーク材を使い、アッシュ材との組み合わせも見事なウェグナーの初期の名品で、出世作でもある。
金属を素材としたフラッグハリヤードチェアは、金属のフレームにロープを張った椅子でピロー(枕)と毛足のある毛皮が付属品としてついている。使用する人が座や背に自由にクッションなどを置いて座ることを前提としているが、シート下がりや背の傾斜も大きいので寝椅子というべきもの。ゆったり腰をおろすと立ち上がりにくい。ウェグナーとしては珍しい金属製の椅子である。
総張りのジ・オックスチェア(*2)は、ヘッドレストが雄牛の角のイメージからこのように呼ばれている。大きく左右に突き出たヘッドレストと肘部を含めたボディはユニークな造形ながらバランスがとれ、その張り加工が巧みで美しい。さらに、このボディとこれを支える細い金属の脚部の対比も見事で、空間の中で存在感のある椅子である。
その他、大型の椅子としては晩年にデザインされたサークルチェア(1986)という木製の椅子がある。
デザイン:ハンス・ウェグナー(Hans J.Wegner 1914 〜2007)製造:ヨハネス・ハンセン(Johannes Hansen)*1:ウェグナーは若いころ彫刻も学んでいて、次のように言う。「彫刻をやっていなければ椅子をデザインすることはなかったであろう」と。 Jay Doblin, One Hundred Great Product Designs, Van Nostrand Reinhold Company P79
*2:すでに製造が中止されているが、中古品で100万円を超えるという。ある毛皮が付属品としてついている。使用する人が座や背に自由にクッションなどを置いて座ることを前提としているが、シート下がりや背の傾斜も大きいので寝椅子というべきもの。ゆったり腰をおろすと立ち上がりにくい。ウェグナーとしては珍しい金属製の椅子である。
総張りのジ・オックスチェア(*2)は、ヘッドレストが雄牛の角のイメージからこのように呼ばれている。大きく左右に突き出たヘッドレストと肘部を含めたボディはユニークな造形ながらバランスがとれ、その張り加工が巧みで美しい。さらに、このボディとこれを支える細い金属の脚部の対比も見事で、空間の中で存在感のある椅子である。
その他、大型の椅子としては晩年にデザインされたサークルチェア(1986)という木製の椅子がある。

空間の「かたち」に働きかけたピーコックチェア
美しい白木のアッシュとチークの木肌が織りなし、木の香がにおい立つ。ピーコックチェアは座るためというよりは空間のアクセント、部屋の真ん中に置かれた彫刻であった。
30年前、わが家の狭いリビングに少しの間持ち込まれたときのことである。
椅子のことを表現するのに、「パーソナルチェア」という言い方がある。自分だけの椅子とか、個人が気に入った椅子とか解釈はいろいろであるが、「小さな部屋であってもお気に入りの一脚を持つことで楽しくなる」という宣伝じみた雑誌の記事もあった。
これと少し似た感覚で、空間の中でアクセントになるような個性的な造形で少し大きめの椅子。これがあることにより単調な空間が引き締まり、空間の臍となるような椅子。これをなんと呼べばよいのか、仮に「アクセントチェア」としておこう。わが家に持ち込まれたときのピーコックチェアは、まさに「アクセントチェア」の役割を果たしていた。
60年代、アメリカの一般的な郊外住宅での家具は、決まってアンティークまがいのものと相場が決まっていたが、そこに、ぽつんと一脚、ボストンロッカーといわれるロッキングチェアをよく見かけたことがあった。このときのロッキングチェアは、座るという機能とは別に空間での臍、空間を引き締める「かたち」でもあった。
その一方、住宅雑誌に載るようなデコレーターがアレンジした60年代のアメリカのモダンリビング。これは決して一般的ではないのだが、そこでこの役割を果たしていた椅子は、ウェグナーも憧れたイームズの、あのラウンジチェアであった。壁をバックに開口部に向かって長いソファが置かれ、テーブルを挟んで斜め横にラウンジチェアがあると実に格好がつくのである。部屋での「かたち」を形成するアクセントとなっていた。もっとも、この時代のアメリカで自動車のキャデラックと並びステイタスシンボルにもなっていたのだが。
ウェグナーの名品には比較的小ぶりの椅子が多いが、ピーコックチェアのような大型の椅子も個性豊かで魅力に満ちている。なかでも、フラッグハリヤードチェアという金属のフレームにロープを張った椅子に初めて出会ったのは、忘れもしない1967年。コペンハーゲン中央駅の西側にあったデンパーマネント(*1)で、二階へ上がりきった階段の横だったか。金属フレームの椅子で「これがウェグナーのデザイン?」と首をかしげた記憶が鮮やかに残っている。が、腰をおろすことができなかったのは、初めてデンパーマネントで緊張していた上に、あまりに背の角度が大きく靴を脱いで座ってみる勇気がなかったからである。ピーコックチェアに座ることができたのもそのときが最初。ジ・オックスチェアも含めて、これらの椅子は空間の中で臍となり得る個性的造形で、置かれる位置にもよるが部屋に一脚あればなんとなく格好がつくのである。
今、考えると、どうしてあんなばかげたことをやっていたのかと思うのだが、若いころ一日に十分の一の家具の図面を何枚描けるかというスピードを問題にしながら、貧しい椅子やテーブルの図面を量産していた時期があった。(*2)そのころ、かっこいいプロポーションの椅子にするのに、ついつい正面図で横幅を大きめにするのは、オックスチェアのかっこよさに憧れていた証である
椅子は形而上の意味を持つ道具である。座るという機能の上に、社会的な記号としての意味を持ち、空間に働きかけ、座る人の気分をも左右する。そして、時には時代の香りを嗅がせてくれる、不思議で魅惑に満ちた道具である。
30年前、わが家に来たピーコックチェアは、座るというよりは空間の「かたち」に働きかける椅子であった。木の香りとともに。
*1:デンパーマネント(Den Permanente)は1930年代の初めに、デザイナーやクラフトマンが自らの作品を販売もする展示場として設立された。筆者の知る60年代から70年代は、これぞデンマークのデザインというアクセサリー、陶器、ガラス器から家具などが展示されたデザインセンターともいえる施設であった。
*2:筆者が仕事を始めた60年代初頭では、一物件のインテリアの家具は全て別注によって製作するので、点数も多くテーブルや収納家具などを含めデザインするのだが、一日にコピー程度のものも含め一応デザインして五枚から十枚は描いていた。