No.100 イエンス・ニールセンの「ラミネックス」1964(1976)

昨年の7月号で紹介した椅子「ラミネックス」のデザイナーであるイエンス・ニールセンは同姓同名の全くの別人でした。お詫びして、ここに改めて真実を紹介します。
尚、この新事実は九州在住のデザイナーである永井敬二さんがデンマーク在住の知人に問い合わせていただき判明したもので、永井さんはじめ皆様にお礼を申し上げます。

 イエンス・ニールセンは、1939年にデンマークのRojleskovで生まれ、家具工場で働いた後、コペンハーゲン・美術工芸学校(The School of Art and Craft Copenhagen)でデザインを学び、1964年に卒業。その後はコペンハーゲンやデンマーク南部の街・ヴァイレ(Vejle)の建築関係の事務所で建築やインテリアと家具の仕事に従事。その間、個人的な仕事として、スタッキングができる貫のない小さなテーブルや子供用の椅子などがあるが、2000年まで終生勤務デザイナーとして過ごす。
 「ラミネックス」はニールセンの学生時代のアイデアで、卒業制作としてデザインし、その年に合板会社が主催するデザインコンペに応募し一等賞を得た作品で、プロトタイプとして10脚が造られた。
 この椅子は、ゆるやかに曲がった二枚の成型合板のパーツを一本のビスや工具も使わず数秒で組み立てられる椅子。モダンデザインの中でもこれほどアセンブリーの簡明な椅子はない。二枚のパーツは同じ曲率で大きく曲げられているが、背になるパーツは一部がS字状に曲げられ二本の前脚へと続き、荷重と安定化のために構造上もうまい解決方法。人間が座るという機能面と完成度では多少の問題も残るが、パッケージサイズがそのS字状の厚みの範囲内に納まるように構成されており、企業の「商品」となったことに意味がある。
 ただ紛らわしいことに、「ラミネックス」には二つのバージョンがあり、ニールセン本人のオリジナルでは、前脚が二本で板のエッジが丸みを帯び、二枚のパーツにはそれぞれ手で持つための穴がある。これに対して改変版(Falster Form製造)は後脚が二本で、板のエッジもストレートで廉価版とでもいえるもの。残念ながらニールセンはこの改変版には関わっておらず「私の意図ではなく、メーカーが無断で改変し、私のデザインではない」1という。オリジナルは2010年にニールセンによってデンマーク家具コレクションのあるTrapholt博物館に寄贈された。また、2009年には「ラミネックス」の新たなバージョンをも提案している2。
 いずれにしても、数ある20世紀の椅子の中で、「ラミネックス」はたった二つのパーツを簡明なアセンブリー方法によって成立する椅子として、その特殊性の典型である。
デザイン:イエンス・ニールセン (Jens Nielsen 1939 〜)
製造: プロトタイプはコペンハーゲン工業研究所(Copenhagen Technology Institute)で1964年に10脚造られ、1976年にFalster Formで製品化されたが、後に同社が改変版を製造し、これが世の中に出まわった。

「ラミネックス」の新事実を紹介します。
 昨年来、喉の奥に小骨が刺さったような気でいたが、やっとその「なぞ」が解けました。
 45年も前から記憶以上の存在であった椅子「ラミネックス」の本当のデザイナーと世の中で伝わっている情報は全てでたらめであったことがわかり、ここに新事実を紹介します。
 700号(昨年の7月号)で疑問を示しながらも書いてしまったニールセンは同姓同名の別人で、誤記をお詫びしなければなりませんが、デンマーク大使館はおろか、デンマークのデザインセンターにまで問い合わせても正確な情報が得られなかったことでご容赦下さい。「デザインの国」といわれるデンマークのデザインセンターですら誤った情報しか出てこなかったのですから、「ラミネックス」はそれほどマイナーな椅子になっていたということでしょう。
 まちがいの多くはインターネットのサイトに散見されますが、日本での出版物にも誤った情報が見られます。メーカーや製造年、やデザイナーの生年までもが③。
 「ラミネックス」はマイナーな椅子かもしれませんが、今春からのニールセンとの何度かの情報交換の結果、『家具タイムズ』の読者が日本で、いやちょっとオーバーかもしれませんが、世界で唯一知りえた新事実をここで紹介します。
 どうして、そこまでしてこんな歴史からも消え去った椅子を追っかけるのか不思議におもわれるでしょうが、これが当コラムの存在意義4。巷にあふれる椅子ブームに便乗した素人相手の商業誌などと異なるところです。
 もちろん「20世紀の椅子・ベスト100」を選ぶとしたら、賛否両論というよりは、選ばない人が圧倒的でしょう。
 「なぜか」といえば、選定者の資質や視点が問題で、彼らは有名な建築家かデザイナーの椅子を扱っていれば無難とし、過言すれば椅子のデザインに関する明確な視点がないからです。だが小欄では、個人的な思い入れもありますが、20世紀の椅子を可能な限り多くの視点から選ぼうとしてきました。視点として、時代や思想の背景、その後に与えた影響、科学技術の成果、典型的な製法など、たとえそれが有名な椅子でなくてもとりあげてきました。
 「ラミネックス」はたった二つのパーツからなり、ビスや工具を必要とせず、誰でも数秒で組み上げることができ、その上パッケージがコンパクトで、れっきとした企業の製品。こんな椅子は「ラミネックス」以外にはありません。
 唯、残念ながら新事実として「ラミネックス」にはオリジナルと改変版の二種類があり、私が南堀江で25年前に買ったものやインターネットのオークションサイトに出てくるものは全て改変版です。しかもニールセンによると「改変版は了承しておらず、私のデザインではない」ともいう。オリジナルが製造されたのは1976年で、その後改変版が造られ出まわったようで、デンマークのようなデザイン重視の国でこんなことが起きるのか、と驚かざるをえません。当時ニールセンは若く、独立して活動していなかったために鷹揚に構えていた結果で、残念ながら彼もそれを認めています。その間の事情が新聞か何かで報道されたらしいデンマーク語で書かれた記事が先日送られてきましたが、皆さんへの報告を急ぎ、これはまだ判読できていません。
 いずれにしても、昨今のジェネリック版の中のひどいコピーは論外としても、一流メーカーの復刻版ですら疑問を持たざるをえない今日、改変されたものがオリジナル然として大手を振ってまかり通る時代が来ていることだけは確かである。
 一見同じように見えても、作品には作者なりのこだわりはあるもので、私たち後世の人間は注意深く扱うべき点でもある。
① :ニールセンから「ラミネックス」を紹介するときは、「このオリジナルの写真を使ってくれ」といって送られてきた自然の中にある写真をご覧下さい。作者がこだわるのは側面で、改変版とは全く違っていてS字状がはっきり現れ、「この方が美しい」と彼は言います。
② :The 2009 Biennale for Craft and Art , Museum Trapholt , Kolding
③:これらに登場するのは全て改変版で、メーカーがノルウエーのWestnofa 社となっているものもあるが、ニールセンは「Westnofa 社と関わっていないし、知らない。まちがいだ」と明確に主張している。
④:高島屋資料館にペリアンの棚があることを『家具タイムズ』630号で初めて紹介したが、それ以来、研究者までが高島屋資料館に押し寄せて来るようになったそうです。